

◎◎京都南・城陽市 足つぼ足揉みサロン◎◎
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こんにちは、足もみサロンゆとりらのブログをご覧いただき、ありがとうございます。
今日はレイキ(霊氣、Reiki)の話を。
あなたは「レイキ」という言葉を聞いたことがありますか。
目次

レイキは、体に手を当てたり、手をかざして行うお手当です。
厚生労働省が「統合医療」に関する情報を発信するサイト「厚生労働省eJIM(イージム:「統合医療」)」でも「補完療法の一つ」として紹介されています。
何らかのダメージを負っている人が自ら細胞の再生や組織の修復する、その促進がレイキの目的です。
「マントラ」と呼ばれる言葉や「シンボル」と呼ばれる文字を使ったりします。
こういったことを伝授してもらうには学びや儀式が必要になるので、伝授できる専門家をまず探さなければなりません。
儀式は宗教的なものではなく、簡単に言えば、誰にでも備わっているエネルギーの通り道をクリーニングして、エネルギーが流れやすい状態に整えてもらうという内容。
ここで言う「エネルギー」は自身の生命エネルギーではなく、宇宙から常に降り注いでいるエネルギーです。

ここまでの説明を読むと、「レイキってスピリチュアルっぽくて怪しい。こわい。」と感じるかもしれません。
ですが、海外では、レイキが補完的なケアとして医療の現場で取り入れられていたり、看護系学校の科目に含まれているケースもあります。
そこでは、何か不思議な力を起こすものではなく、人に触れることによる安心感や、リラックスを促すケアとして扱われることも多いようです。
私自身も、レイキを「何かをしてあげるための技法」だとは考えていません。
基本はとてもシンプルです。
静かに手を当てること。
それ以上のことは、無理にしない。
マントラやシンボルも「不思議な呪文」や「特別な記号」というより、意識を一点に向けるための道具のようなものだと、私は受け取っています。

私はレイキと出会って、もう19年になります。
最初に学んだのは、ファースト・ディグリー(段階)だけでした。
当時は「何か特別なことをしたい」というより、「家族のために日常の中での手当てとして使えたらいいな」、そんな気持ちで学びました。
特に、子どもが小さかった頃。
熱を出した時、なかなか眠れない夜、病院に行くほどではないけれど、そんな場面でただ手を当てるレイキはとても身近に使えるものでした。
しばらくはファーストのままでレイキを日常の中で使い続けていました。
でも、私の中には「いつかちゃんと最後まで受けてみたい」という思いはありました。
そして、コロナ禍に入った時、外も家も、自分自身の中にも、今まで直面したことのない得体の知れない不安感。
「これは今だな」と直感的に感じて、伏見にある「推拿とレイキゆらね」 にて改めてアチューメントを受け、サード・ディグリーまで修了しました。
今振り返ると、あのタイミングだったからこそ、無理なく受け取れたのだと思います。

現在は、足揉みの施術を行う際に、施術前・施術中・施術後、それぞれのタイミングでレイキを使っています。
といっても、特別なことをするわけではありません。
自分の内側や場を整えるような感覚で、静かに。
「治そうとしない」
「何かを起こそうとしない」
その人の体や、いのちの働きを信じて、そっと手を当てる。
施術の流れが、より自然に、穏やかにつながっていくように感じています。
私がレイキを続けている理由は、そのシンプルさにあります。
昨年、レイキの復習会に参加した時、ふと気づいたことがありました。
家族のため、お客様のため、誰かのためにはレイキを使っているけれど、自分のためにレイキをすることがいつの間にか意識から抜けていたということ。
それ以来、自分のために手を当てる時間も、大切にしています。
呼吸や体の反応を感じる、そんな時間です。

レイキは、特別なものではありません。
信じなくてもいいし、何かを感じなくてもいい。
ただ、手を当てる。
それだけで成り立つ、とてもシンプルな手当てです。
足揉みと同じように、暮らしの中で静かに使い続けていきたいと思っています。